奥阿賀について

場所

新潟県東部に位置する奥阿賀は、新潟市か磐越自動車道が通り、町の東側は福島県境と接しています。
赤崎山、黒崎山、麒麟山、阿賀野川、清川高原など、自然美あふれる地です。

日本の原風景・自然が残る

日本の原風景を今なお残す奥阿賀は、町の面積の約74%は山林であり、かつ、県下第一位の天然林占有面積を誇ります。
水上・陸上交通の要所であり、里山を通り抜ける会津街道がかつての名残を留めています。

豊かな清水

田んぼには天然の広葉樹林から流れでた、そのままでも飲むことができる渓流水が流れ込み、当社が耕作する田んぼには、生活排水が混入することは一切ありません。
農業コンサルタントの水質調査でも、平均基準をはるかにクリアする酸素濃度を記録しました。
また、ミネラルを豊富に含む類まれな水だと、感嘆の声があがった銘水です。

米作りに最適な気象条件

四季折々の表情を見せる奥阿賀は山間の盆地です。
新潟県の中で、冬は最低気温、夏は最高気温を記録するくらい、寒暖の差の著しい地域です。

年間を通じて気温差は35℃以上にもなり、稲の穂が出て籾の中身が詰まる登熟期には、昼夜の温度差が12℃を超えています。
稲穂は真夏の太陽を浴びて光合成を盛んに行い、でんぷんを増し、気温の下がる夜にうま味を蓄積します。

このように、厳しい真夏でも夜には気温が急速に下がる水の冷たい奥阿賀の地の利はまさに特級。
栄養と旨味が凝縮した米は輝くように炊きあがりますが、冷めると甘味が増しおいしさの違いが際立ちます。

江戸時代そのままの水田風景

阿賀町は明治18年までは会津藩でした。
ちょうど越後と会津の中間にあり、江戸時代初期、会津藩により、会津から越後の港まで米などを運ぶ重要な道「会津越後街道」峠越えの坂道が石畳の道に改められました。

この街道は参勤交代に利用され、地元では「殿様街道」とも呼ばれていました。

その会津街道には、今も江戸時代そのままに地蔵菩薩と追分を示す道標が水田の真中に残され、今も私たちを見守ってくれています。
奥阿賀の田んぼには、江戸時代から400年以上もの間にほとんど開発の波が及ばなかった奇跡的な水田が数多く残されています。